「個性的」の概念が揺らぐ日々

私も過去に何棟か、黒い外壁の家を設計してきているので、
これについて何かを言える立場ではないのだけれど、
最近建てられる新築の家の外壁黒率の高さはちょっと「むむむ?」と感じるものがあります。
多棟開発の分譲住宅がみんな真っ黒だからなおさらそう感じるのかもしれませんが…。

もちろん別に黒い外壁反対!なわけではなく、
緑が映えるから、みんなわしゃわしゃ植栽しようぜ!って思うのですが、
なんと言いますか…、またみんな一緒になっちゃうねーとは思ってしまいます。

SNSの影響がかなり大きいのでしょうが、外壁の色の話だけでなく、
家づくりのトレンドの広まり方がすごい速さと規模になっていて、
注文住宅の間取りさえ、なんだかみんな同じ家みたいになってきていて。

いや、ホントにモノモーシタイ訳ではないんですけど 笑、
無個性と個性が逆転してきましたよね?というお話です。

さすがに他所様の家の写真を載せるわけにもいかないので、
先日撮った夜の西武ドームの写真を載せておきますね。なんの脈略もないけど。黒繋がり?笑

夜の多摩湖越しに見るドームは、UFOみたいでかっこいいのですよ。

家の前の雑木林では、あわてん坊のヒグラシがもう鳴き始めてしまって、
ただでさえ、あまりの時の早さに「ぼーっとしてるうちに夏が終わっちゃう」と焦っている私を、
オラオラと煽ってきて困ります。笑

酷暑もゲリラ雷雨も心配ではありますが、今年もまた夏を満喫していきましょう。

暑中お見舞申し上げます。

しあわせな家 2026 

「丁寧に綴っていこうと思います。」
と書いてから、早、1か月半(以上)。
想いの深い記事を書こうとするとどうしても気負ってしまい、
なかなか書き始めることが出来ずにおりました。
お待たせしてすみません。

*

15年前に設計したHUGHOUSEのYさんからお電話をもらったのは、去年の9月だったかな。
やむを得ない事情で引越しを余儀なくされ、来年の4月にこの家を手放す事になってしまった。
本当にこの家が大好きだったので、残念で残念で仕方がない。
住み続けられなかったお詫びと、こんなにいい家に15年住まわせてもらったお礼を直接言いたいので、事務所に会いに行っていいですか? と。
それならば、私も最後にYさんが住んでいるその家を見ておきたいので私が伺いますと、
久しぶりにお邪魔して、ゆっくりとお話を聞いてきました。

中古住宅として販売情報に載せたら、すぐに購入したいと申し出てくれる人が現れ、
そのご夫婦が本当にいい人達で、この家をすごく気に入ってくれたのが伝わってきて、
この人たちが住み継いでくれるなら、手放しても悔いなしと思えたんです。
と話してくれて、もちろん、寂しい気持ちはあったけれど、
『あぁ…しあわせな家だなぁ…』としみじみ感じた訪問となりました。

その1か月後。
新たな住まい手となるFさんからご連絡をいただき、リフォームの相談をしたいと。
売買契約の時に、Yさんが、私に相談する事をやんわりと勧めて下さっていたのだそうです。
本当にありがたい話なのです。

Yさんが言ってた通り、本当に素敵なご夫婦で、とーーーっても気に入って下さっていて、
(実際、私が住みたいくらいいい家なのですが!)
キッチンだけは自分達らしくリフォームをしたいけれど、それ以外はそのまま、
しっくい壁や無垢フローリングの経年変化も味として受け入れて住み継いでくれる事になりました。

そのキッチンリフォームの全貌は、また別の機会に譲りますが、
どうしてもBlogに書き残しておきたいストーリーはここからです。

まだYさんがお住いの2月頃、業者さんと一緒に現調のために伺った時に、Yさんから、
「こんないい家に住まわせてもらった感謝の気持ちを、本当は金沢さんにお金で渡したいのだけれど、金沢さんは絶対受け取ってくれないだろうから、Fさんへのプレゼントとして、工事金額でも設計料でもいいので少しだけ自分に負担させてもらえませんか?」
というお申し出をいただいたのです。
最初、本当に何を仰ってるのか分からなくて、何度も意味を聞き直してしまって…。笑

自分が設計した家を、ずっと「大好き」なまま暮らして下さったご家族が居て、
その家を気に入って購入したご家族から、これからの暮らしの場つくりのお手伝いを依頼され、
前の住まい手さんから次の住まい手さんへの想いを託される。
設計者として、これ以上幸せな事ってあるのだろうか…と思うのです。

そんな素敵なお申し出ならば、工事費の一部みたいな使い方はせず、
私が工事とは別に依頼されて手配している表札とアイアン金物の製作があるので、
それを、モノとしてのプレゼントにしてFさんにお渡ししませんか?と提案し、
この素敵な物語を、表札制作の担当者さんにも鉄作家さんにも共有してもらって、
Yさんの気持ちを大切に形に残して、Fさんに手渡すことができました。

この先、ずっと握りしてめておきたい忘れられない仕事です。
無事にリフォーム工事が終わり、Fさんの引越しから数日後、
「数日住んでみて、最高の家でした」というメールが届きました。
そしてさらに後日、工事終了の報告と、Fさんのその言葉の報告も兼ね、
取り外したYさんの表札をお返しするためにもう一度Yさんにお会いして、
しみじみと、このご縁に感謝ですよねと語りあって、このプロジェクトは幕を閉じました。
(ちなみに、Yさんにお返しした表札は、新築時に私がデザインをして、工務店さんと一緒にプレゼントしたもので、Yさんが「死ぬまで持ち続けます」と言って下さっているのです。泣いちゃう)

ちょうど10年前に同じような出来事がありました。

しあわせな家Vol.2

恐ろしい事に、10年ぶりにその記事を探してみたら、
連載にするつもりだったらしく、「つづきます」と書いてあるのに、
まったく続いてない尻切れとんぼのPOSTだったのですが 笑、
10年越しにその続きをここに書き添えさせていただくと、
建物の引き渡しの日のお昼ごろ、元の住まい手・Uさんから
「引き渡しが終わりました。さすがに今日はつらかった…」としんみりした声で電話をもらい、
少しの寂しさを抱えたまま、午後、新たな住まい手・Kさんとの打ち合わせの為に現場へ行くと、
「ついに我が家になりました!」と、本当にうれしそうに満面の笑顔でKさん夫婦に迎えられて、
『あぁ…なんてしあわせな家なんだろう…』と思ったのです。
その時の気持ちははっきりくっきり覚えていて、何年経っても思い出すと胸が熱くなります。

(余談ですが、このKさん。
不動産屋さんに紹介されて初めてこの家の内見に行った帰りに、
「絶対にこの家に住めますように」と近くの神社に10,000円のお賽銭をして帰ったんですよ、と、あとから話してくれました。『しあわせな家』にも程があります。)

設計人生で、まさか2度もこんな経験をさせてもらえるとは思っていませんでした。
なんというか、もう、すべてに感謝です。

長くなってしまいました。なるのは分かっていました。
なので、何回かに分けようと思っていたのですが、
前科者ですし笑 、続きを書ける自信が全くないので、一気にまとめさせていただきました。

さて、これでブログも通常営業に戻れます。
夏になりましたね!
今年も容赦なく暑い夏になりそうですが、どうかくれぐれもご自愛ください。
みんなで頑張って乗り切りましょう!!

地球は回り、時は流れる

今月2度目の満月。ブルームーンというらしいですね。

林の向こうに月明かりが見え、もう少し待っていたら満月が顔を出すな…とバルコニーで空を眺めていたら、割とあっという間に姿を現しました。

地球って思っている以上に早く回っているんですね。

うっかり一度も更新しないまま5月が終わってしまいました。笑

先週でリフォームの現場がひとつ竣工し、無事にお引渡しが終わりました。

最近はこのブログに仕事のことをほとんど書かなくなってしまっていましたが、この現場にまつわるストーリーは絶対にここに記録しておきたいので、これから少しずつ書いていきたいと思います。

題して『幸せな家 Part-2』。設計者冥利に尽きるプロジェクト。本当に幸せな半年でした。

丁寧に綴っていこうと思います。

この場所のこの空

打合せを終えて武蔵大和駅に着いたのが夕方5時15分頃。
思いがけずしっかり目の雨が降っていたのだけれど、
遠い西の空には陽が差していて、天使の梯子が降りている。

あぁ…、これは湖畔で見なければいけない空じゃないか!

風邪気味で体調が良くないので早く帰りたい気持ちはありつつも、そのまま多摩湖に向かいました。

正解♡

茜色のサンセットももちろん良いのだけれど、私はこの場所で見るこの空が一番好きかもしれない。

Calm down!

日曜日。お花見納めの遠足へ。

最初に立ち寄ったのは羽村のチューリップ畑。

まったくカメラに収めきれなかったけれど、35万本ですって! 圧巻でした。

そして本丸、あきる野の龍珠院へ。
ちょっと遅いかな…と心配したけれど、遅咲きの枝垂れ桜がまさに見頃で、
本当に美しい景色を堪能してきました。

眼福♡

さらに午後には、少し足を延ばして檜原村へ。
以前から行きたいと思いつつ、なかなか機会を持てずにいた払沢の滝にも行けました。

噂通りの気持ちのいい場所で、水の音とマイナスインが最高の癒しです。

それ以外にも、金継と蒔絵の展示を見たり、五日市和紙(軍道紙)の工房に立ち寄ったり、
戸倉しろやまテラスという廃校を活用した体験施設で地層の勉強をしたり、
光厳寺の樹齢400年の山桜を目指して長く急な坂道を歩いたり…と、盛りだくさんな1日。
(山桜はすでに葉桜。3度目の挑戦でしたが、いまだ満開のタイミングで行けたことがない。笑)

眼福・耳福・口福以外に体で感じる幸せを表現する言葉はないのかしら?
『五感福』とでも呼びましょうか。身体の細胞全てが喜ぶ日曜日となりました。

この季節の龍珠院は桃源郷と呼ばれていて、
天国って本当にこんな感じなんじゃないかしら?と思わせてくれます。

この景色を眺めながら境内を歩いていたら、無意識にポロっと、
「早く戦争終わらないかな…」という言葉が口をついて出てしまいました。
心の底から「世界中が平和であってほしい」と願わずにはいられなくなる場所でした。

大義名分(があるのかどうかさえ)の分かりにくい今のこの世界情勢が、
建築業界にも大きく影響を及ぼし始めたことがニュースにもなってきました。
まったく動揺しないと言えば嘘になるけれど、
思えばコロナの時も震災の時も大混乱の中を乗り越えてきましたし、
そんな大きな出来事がない時でも、やれ断熱材がない、プラスターボードがない、
住設の値上げだ、資材が高騰だ、と、流通の混乱をイヤという程経験してきた訳です。
こういう時って、流れてくる情報はさらに不安を煽るようなものばかりになるけれど、
絶対に焦らずに、『大丈夫、なんとかなる。いつか治まるのだから』と腹をくくって、
今出来ることに集中するのは、決して現実逃避ではないのだと学んできた気がします。
もちろんそこで一番大切なのは、お客さんと我々つくり手の信頼関係なので、
お客さんを不安にさせない事、施工会社さんを焦らせないことが、今の私の仕事かなと思います。

建築業界で仕事を続けてきて35年あまり。
私もずいぶん肝が据わってきたようです。笑

お手本はいつも自然界にある

今年初めて半袖の服で過ごした気持ちのいい1日。

日本の四季は大好きだし、ギラギラした夏が好きなのも変わりないけれど、一年中今日みたいな気候だったらいいのになと思ってしまう。

毎日こうだったら気持ちよさを感じられなくなって、幸せの種の喪失になってしまうかな。

今年も桜を満喫し、気持ちは初夏に向かい始めました。

まだまだ先だと思っていたことが、次から次へと目の前に迫ってきて、時の経過の早さにオロオロしますが、この季節にはいつも植物や鳥達に「その時が来たらその時にするべきことをすればいいのだ」と教えられますね。

淡々と、粛々と、私は私の仕事をしよう。

 

お花見Week♡

あちらこちらで桜が花開き、欅には産毛のような若葉が生え始め、
近所のつくしの群生地は、前を通るたびにぐんぐんと数を増やしていきますが、
ここ数日でいちばん春の訪れを実感したのは、八百屋さんの店先にウドを見つけた時でした。笑

昨日、たまたま通りかかった小さな神社の境内に見事な満開の枝垂桜を見つけ、
寄り道をしてうっとりと眺めてまいりました。

春ですねぇ…。(今日は寒いけど)
たまたま今週来週は西へ東へ出かける予定が続くので、
行く先々で昨日みたいな桜との出会いを期待したいと思います♡

3月の光の色

日暮れ前に窓から差し込む光の強さが変わり、部屋の中が春の夕方の色になりました。

そんな事で、『あぁ…、また3月になったんだな』と気付かされます。

1年という時間の長さと短さを同時に感じる2026年の3月です。

富士山との距離がちょうどいい場所へ

暖かい週末でしたね。

二宮町の吾妻山公園へ、早咲の菜の花を見に行ってきました。

青空に映える冠雪富士山の白、ビタミンカラーの黄色、そして視線を逸らせば相模湾。

癒しとか元気とか平衡とか沈静とか、人間に必要な感覚の全てが同時に視界に入ってくる感じ。
清々しい1日となりました。

午後には大磯町の旧吉田茂邸にも立ち寄り、庭園も建物内もそれぞれにガイド付きで見学。
吉田茂の人物像をより詳しく知る事ができ、
その豪放磊落ぶりを支えていたのは、人には見せない繊細さのようなものだったのかもな…と、
昭和の豪傑政治家の一生に思いを馳せてまいりました。
わがままなようで、その実、周りの人達をとても大切にする優しい人だったんじゃないかしら。

それにしても、富士山!
どんな場所で見てもこの山は美しく感動するものですが、
大磯とか小田原とか箱根とか、この辺りは富士山との距離が一番理想的な気がしますね。
独特の磁場を感じます。

 

20年

20年前という事は、独立して6年目くらいだったのか。

そのDMが届いたのは、おぼろげながら、この先も設計事務所としてやっていけそうだな…と思えるようになったタイミングだったので、「よし!これからは、収入の一部を自分以外の人の為に使ってみよう」とユニセフのマンスリーサポートに申し込みをしたのが2005年の秋。
よく覚えているんです。
車のローンの残債を一括繰り上げ返済をしたその日に申し込んだんですよね。

こう書くとなんだかご立派な話なんだけど、たいした金額ではなく月2,000円ずつ。
3,000円にしようと思ったのだけれど、なんとなく、3,000円にしてしまうといつか経営不安を感じた時に途中解約してしまいそうな気がして2,000円にしたのです。笑

余談ですが、この3,000円という金額には不思議な魔力があると感じていて、人間の意識の中の共通ボーダーなんじゃないかしら?
これ、もう少し深堀して、いつか『3,000円の魔法』という本を書こうと思っています。(うそ。笑)

そんな訳で、2,000円にしておいたおかげで解約することなく継続して20年の月日が流れたようで、今日、ポストに感謝状と記念品が届けられておりました。

同封されていたポストカード。
かわいい少年が手にしているボードに『Kanazawaーsan』の文字がありました。
作られたものだと分かっていても、自分の名前が書かれているのはうれしいものですね。
小冊子には20年の成果がいろいろ書かれていましたが、5歳になれずに亡くなっていく子供の数が半減したというのは、もちろん理由はこういう慈善活動のおかげだけではないにせよ、本当によかったね…と思います。

寄付に対して「そんなお金、何に使われてるか分からない」と言う人がよくいるけれど、私はスタッフの方たちの飲食代になっていても全然構わないと思います。
それが嫌なら自分でアフリカ行ってこい!と思うタイプ。笑
最近は特に、自分には出来ないことをやってくれてる人に対して評論家気取りで文句ばかり言う人が多くてうんざりしますが、もっと素直に感謝と応援の気持ちをもって託しあえる世の中になればいいのになと思います。

 

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