無知の知

速読や斜め読みとは程遠い読み方しかできず、1行ずつじっくり読み進めるタイプなので、
読書家と呼べるほどの読書量ではないけれど、毎日少しの時間でも何かしらの本は読んでいる。
その程度には読書が日常に入り込んでいるはずなのに、この本の読了後、
「あぁ…久しぶりに読書をした気がする」と感じました。

『それで君の声はどこにあるんだ? -黒人神学から学んだこと』榎本空著 岩波書店

書くってこういう事なんだな、読むってこういう事なんだな、と、
そんなことまで考えさせらるすばらしい一冊でした。

日本の大学で神学を学んだ後、台湾の長栄大学、バークレイの神学校を経て、
ニューヨークのユニオン神学校へ留学し、黒人神学の第一人者である
ジェイムズ・H・コーンに学んだ著者の、言うなれば留学日記。
アメリカの黒人差別問題にもキリスト教にも全く知識の足りない私には、
特に前半第一部には、知らない言葉や出来事が次々とでてきて、いちいちつまづきます。
おそらく敢えてそうしたのでしょうが、こういう本には珍しく説明的な解説が一切ないので、
その都度、その言葉の意味を調べてみたくなるのですが、
一読目は、知らないことを知らないまま読み進めてみようと決めました。

本文中、講義での描写の中に、

 

まるで一文字でも見過ごせば大事な何かが失われしまうかのように目を見開いて、
手を振り上げ、息を大きく吸い込み、一語一語ゆっくり読み上げるコーンの声につられるように、教室はだんだんと揺れていった。

という一文があるのですが、この本自体がまさにそんな感じ。
読書中って、時々気持ちが本から離れて他の事に意識がいってしまう瞬間があり、
普段はそんなに気にならず、そのまま読み進めてしまっているのだと思うのですが、
この本は、少しでも意識が本から離れてしまっていた事に気づくと、
また戻って読み返さずにいられない。
本当に、一言一句読み落としてしまいたくないと思わされるのです。

内容については、私の乏しい語彙で感想を述べることは到底できないのですが、
何かを知るきっかけやタイミングには大きな意味があり、
知らなかったことをこの本で知れて本当に良かったと思います。
もちろんすべての物事には表と裏があるわけで、
ここに書かれている『黒人と神学』が、全てでも、たったひとつの真実でもないのですが、
そこがとてもニュートラルで、全く偏った思想として書かれていないので、
なおさらいろんなことを考えさせられます。

本書の中では、著者が育った沖縄の伊江島の歴史や、
植民地支配を経験した台湾の人々の話にも触れられています。
著者の榎本さんが、コーン先生の
『黒人以外の人間が、黒人の背負ってきた苦しみや痛みを理解するのは難しい』
と言うつぶやきを聞き、同じつぶやきを過去にも聞いてきた…という回想で語られる場面です。

読んでいる最中には、フランクルの『夜と霧』が何度も思い出されました。
この本で語られている事の本質とはずれてしまうのですが、私個人の読後の感想として、
全ての国に重い歴史があり、その歴史の積み重ねがその国の国民性、アイデンティティを
形成しているわけで、もっと言えば、人ひとりひとりに他人には背負えない荷物がある中で、
今、世の中が向かっているグローバリゼーションへの流れがとても虚無なものに思えてきます。
それって無理なんじゃないのかな…と。その流れがどんどん歪みを大きくしているような…。
飛躍しすぎかもしれないけど、最近国内で起きているいろんな事件の背景にも思いが及びます。
神とか信仰とか、そういうものと人間の関係性についても考えさせられる読書経験でした。

一読した後、これまで表面的にしか知らなかった、知ろうともしなかった、
アメリカの歴史について、少し調べ始めています。
そうすると今度は、今まで何気なく見てきた映画の中に、
この黒人差別問題が主題の作品がたくさんあったことが思い出されてきます。
その中のひとつ、『アメリカンヒストリーX』を、久しぶりに再視聴してみました。
元々大好きな映画で何度も観ていて、内容も覚えてはいたのですが、
やはり今までとは全然違う視点で観ることができました。
先に書いた『黒人以外の人間が–』はもとより、この歴史を持つアメリカという国に生きる、
白人の人たちの気持ちや価値観だって、到底私なんかに理解はできないんですよね。
見方が変わっても、救いのない物語ではあることには変わりなく、悲しいラストなのですが、
怒りや憎しみは人を幸せにしないという普遍的で骨太のメッセージがまっすぐ伝わってくる、
こちらも本当にすばらしい作品です。未見の方にはぜひお勧めします。
エドワードノートンの演技がとにかくすごい!
(この映画を過去に何度も観てきたのは、白状すると、
 単純にエドワードノートンが大好きだからなんですけどね。笑)

件の『それで君の声はどこにあるんだ?』は二読目に入りました。
何度も読み返して自分の中に沁み込ませたい、大切な一冊との出会いとなりました。
この夏一番の収穫。

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