2022.10.21
過去物件の雑資料の整理を少しずつやっています。
雑資料というのは、図面や見積もり、敷地の公的資料以外の文書類のこと。
クライアントに提出した見積精査の見解書や図面の補足説明の控えだったり、
工事中に業者さんとやり取りしたFAXだったり、
そういった細かい紙資料までほとんど保管してあるのです。
保管する義務も必要性もないものがほとんどなのですが、
引渡しの数年後のちょっとした問い合わせに、
その1枚のFAXがものすごく役に立つこともあるものだから、なかなか捨てられず…。
でも、それが23年分となるとかなり膨大な量。
保管場所にも困りはじめたので、少し思い切って処分しようと思うのですが、
見始めると、昔のアルバムのように様々な事が思い出されて、なかなか作業が進みません。笑
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今は、メールやSNSでの連絡が主体になっていて、
それは仕事をとても楽に便利にしてくれたとは思うのですが、
反面、いろんなことが大雑把になっている事も否めず…。
仕事が雑になっているよなーと常々感じてはいましたが、
こうやって昔の資料を見ていると、とにかく丁寧なんですよ。伝えるという作業が。
そのほとんどが手書きなので、なおさら、
自分の中にある『過不足なくきちんと伝えなきゃ、説明しなきゃ』という熱量を感じます。
手段が変わっても、この姿勢は絶対に変えてはいけないなーとしみじみ思うのです。
そんな、過去の自分の丁寧な仕事の中に、こんなものを見つけました。笑
地鎮祭の前に、式の流れや当日用意してもらうものをまとめたものなのですが、
ご丁寧にこんなイラストまで描いていました。笑
鍬入れの儀で建て主さんがおこなう所作の説明。
「エイ!エイ!エイ!」の掛け声の意味までちゃんと書き添えてありましたよ。
絵は下手くそだけど、いい仕事してますよね~(*^^*)
今と比べてこの頃が、時間に余裕があった訳でも仕事が少なかった訳でもないはずなのに、
こうやって手間暇のかかることに費やしていた時間、今は一体どこに行ってしまったんだろう。
全てにおいて時短が推奨される世の中ですが、その為の便利なツールを手に入れた私たちは、
本当に余裕を手に入れられているのだろうか…。
明らかに昔より時間に追い詰められているのはなぜなんだろう…。
整理すべきなのは昔の資料ではなく、今の生活の中の『時間』なのかもしれません。
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余談ですが、昔の資料の中に、電気設備設計に詳しい学生時代の友人に相談をしていた時の
FAXのやり取りも出てきました。14年前の物件。
その2年後だったかな、その友人が現場で倒れてそのまま急逝してしまったのは…。
メールでのやり取りだったら、こんな風に思いがけず、
彼の懐かしい文字を見つけることもなかったでしょうね。
もう絶対に必要になることはない資料だったけれど、これは捨てられないな。