2022.5.3
歴史上の人物で誰が好きかと聞かれると、田沼意次と答えます。
好きと言うほどその人物に詳しい訳ではないのだけれど、
ずいぶん前に安部龍太郎氏の『血の日本史』を読んで以来、とても興味のある人なのです。
賄賂政治家として批判を浴びていた事、
実はその評判は政敵が捏造したもので実像は違うかもと言われている事、
政治家としての才覚は突出していて、その政策一つ一つが素晴らしいものであった事、
などなど、その辺りは私が本当の史実を知ることはできないので判断しかねるのですが、
『言い訳をしない人だったんじゃないかな…』というのが私の田沼意次に対する印象で、
その一点で、好きなのです。
先日、歴女の友人と話をしていて、彼女の、好きな人物への掘り下げ方に感心し、
私ももっと彼の事を知りたくなって、田沼政治にまつわる本を読もうと思い、
最初に選んだのが、山本周五郎の『栄花物語』。
最近、めっきり集中力がなくなって、読書と言ってもいろんな本を読み散らかしがちでしたが、
久しぶりに、ちょっとした隙間時間にも本を開いてしまうほど、
夢中になって一気に読了してしまいました。おもしろかった。
主要登場人物は意次以外にも数人いて、時々接点を持ちながらも、
それぞれの生き様が描かれているのですが、
その中のひとり、青山信二郎が友人保之助に言う
「人間が善良であることは決して美徳じゃないぜ、
自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない、
そのうえ周囲のものにいつも負担を負わせるんだ」
というセリフがとても印象的でした。
保之助は善良であろうとしていて、確かに善良な人。
一方で信二郎はこのセリフが示す通り、善良であること、正しくあることを信じておらず、
奔放に、自分の気持ちにだけ誠実に生きているような人なのだけれど、
全編を通して、この青山信二郎が誰よりも善良で、強く優しい人に思えるのです。
この物語の中で、やはり田沼意次もそういう人物像で書かれているのですが、
嘘をつかない。言い訳をしない。自分の分をわきまえ、その人生に徹する。
私が日ごろ感じている、そういう人物に対する絶対的な信頼を、
あらためて再確認するような読書時間となりました。
とにかく青山信二郎ががっこいい。
この本を読んだら、みんな彼を好きになっちゃうんじゃないかしら。
けれど、残念ながら架空の人なので、
やはりこれからも、好きな歴史上人物は田沼意次と答えるでしょう。
嘘をつかない。言い訳をしない。自分の分をわきまえ、その人生に徹する。
私家版国語辞典を作るならば、『誠実』という言葉にこの注釈をつけると思います。