2021.7.28
7月もあと4日で終わります。
なんだか気忙しく落ち着かない日々だったなぁ…と思って、手帳を見返して確認してみたら、
今月は、仕事がらみの人を除いても10人以上の人とお会いし、話をしていました。
ちょっとびっくりです。
やはりこのコロナ禍の影響は大きいのでしょうが、今、内省しながら、
これからどこでどんな風に生きていきたいのかを見直したり、
なんとなく逃げていた『ずっとやりたかった事』に焦点を当て直したり、と、
これからの生き方や暮らし方を変えてみようと、大きく舵を切り始めてる人が多いなと感じます。
内省するって、口で言うほど簡単な話じゃなくて、
考え出すとぐるぐると同じところを回って全然出口が見えなくなってしまうんだけど、
結局大切なのは、考える事ではなく、とりあえず1ミリでも動いてみる事なんですよね。
分かっているのに、その1ミリの動きに必要なエネルギーの大きさに足がすくんでしまったりするのですが。
もうね、生きるって本当に大変。笑
*
新たな屋号にした『サブリエ』とは、フランス語で砂時計を意味します。
自分の意思で、自分の手で、時計をひっくり返したところから自分だけの時間が流れ出す砂時計。
ご縁のあった方たちにとって、その“ひっくり返す“という行為のきっかけになれたらいいなと、
そんな思いを込めています。
そして、新たに流れ出す時間が静かで穏やかなものでありますようにと。
設計という仕事は、嫌でもその人の暮らし方や人生を変えるきっかけになってしまうものだから、
その事に自覚と責任を持ち続けていなければと思うし、変えてしまう力があるのなら、
その人にとっての『快』の方向に向かわせてあげられる存在になりたいのです。
でも、そんなことを大げさな社是にするまでもなく、
人と関わり、会って話をする、そのたわいもない小さな時間の積み重ねが、
お互いのきっかけになっているんだよな…と実感した、刺激の多い1か月でした。
私ももっと動かなければ。快に向かって。
*
書き始めた時と全然違う話の展開になってしまった。笑
生き方暮らし方のような大きなことではないけれど、
私が今、同じところをぐるぐる回りながら迷い続けているのは発信について。
SNSとHPをどう使い分けていくのがいいのか。
わざわざHPを見にきてくれた人に何を受け取ってほしいのか。
Worksのページをどう構成していくのが自分らしいのか。
いくら考えても答えは出ないので、8月はとにかく書き散らかしてみようと思っています。
静かさが売りの(そうなの?笑)このページが、ちょっとガヤガヤするかもしれませんが、
金沢の渾身の1ミリだと思ってお付き合いくださいませ。
2021.7.14
いろんなことがめちゃくちゃだな、とは思います。
世界中がこれだけ混乱している大変な時なんだから仕方がない…
では済まされない問題もたくさんあるとは思います。
でも。
そんなに目くじら立てて怒って、
鬼の首を取ったみたいに責め立てる事なのかな…
とも思うのです。
正しく恐れる。
その恐れる対象は一体何なんだろう?
2021.7.1
朝から本降りの雨。
久しぶりに終日外出予定のない一日です。
今日は雨音を聞きながら静かに過ごしましょう。
こんな日は、お気に入りの音楽を聴きながら、
このHPのTOP画面をぼーっと眺めるのがオツですよ♡
猫たちもこころなしかアンニュイ。
2021.6.21
夏至ですね。
さすが、1年でいちばん昼の長い日。
夜7時を過ぎてもまだ空は明るく、
360度どちらを向いても、すべての空が美しい日暮れ時です。
窓から吹き込む風も本当に気持ちがいい。
久しぶりに聴いている喜多朗の音楽が、夏の夜にぴったりです。
ベランダで晩酌でもしちゃおうかしら。
2021.6.18
ここ数年、「丁寧な暮らし」という言葉をよく見聞きするようになったけれど、
その丁寧な暮らしの「丁寧」って何のことなんだろうね?と友達と話をしました。
そんな話をするという事はつまり、世の中で「丁寧な暮らし」と思われている
一般的なイメージに違和感があるからなのですが、
例えば、我々住宅建築業界の人間がよく使い、
私自身もHP内に堂々と書いている「豊かな暮らし」の「豊か」だって、
実際どういうことを意味するのかな?と考えてしまったりするのです。
結論から言えば、その言葉の定義は人それぞれなわけで、正解なんてないのですが、
私自身がそういう言葉を発するときにイメージしてるのは
「ノイズの少ない暮らし」かなと思います。
ラジオのチューニングがぴったり合ったときにクリアになる音のように、
人との関係性や生活習慣において、雑音を感じない環境に身を置く工夫をする事が、
実はとても大切な事のような気がするのです。
そして、ノイズに自覚的であるためには、
自分の周波数をしっかり持っている事が重要なんだろうな、と。
歳を重ねたり、いろんな経験によって、
その周波数は微妙に変化はしていくのでしょうが、
私が家づくりのテーマにしている「自分らしく暮らす」というのは、
つまりはそういう事なのだと思います。
と、仕事に対する姿勢のふりをして書いてみましたが、私自身が今、
ノイズを除去していきたいという欲求が強くなっているのかもしれません。
2021年下半期の小さな目標です。
2021.6.14
いよいよ梅雨入りなんだな…と思わせるどんよりした空を眺めながら、
それでも、ここ数日の猛暑から解放されてホッとする朝です。
と同時に、この涼しい空気に触れていると、まだ本格的な夏も始まっていないのに、
あぁ、今年もあっという間に夏が終わってしまうんだろうなぁ…と、
ちょっと物悲しい気持ちにもなってしまったり。
昨夜、通り雨のように強い雨が降り、それがやんだあとにベランダに出てみたら、
雨上がり独特のあのにおいが立ち込めていて、幸せな気持ちになりました。
雨が降ったあとに地面から立ち上る匂いに『ペトリコール』という名前が
ついてることを知ったのは2年前。
ただ名前が付いていたというだけなのに、その名前の響きのかわいらしさも相まって、
妙に私の琴線を刺激し、雨の日、梅雨の季節の気持ちのありようが大きく変わりました。
このことに限らず、言葉の力で自分の価値観がひっくり返されることって、
意外とたくさんあるような気がします。
人生って本当に小さな点の連続で、取るに足りないようなことがきっかけで、
全然違う未来に連れていかれてしまうから面白いですよね。
雨の日が大好きになるような家を作っていきたいなと、最近よく考えます。
2021.6.11
どうしても投稿の気軽さから、インスタグラムの方にばかりポストしてしまい、
肝心な(肝心か?笑)ブログの方がおざなりになりがち。いけません。
昨日、国分寺のSk邸が無事に上棟しました。
今、建築業界をやや混乱させているウッドショックの影響を少なからず受けてしまい、
当初の予定より半月近く上棟が伸びてしまったこの現場。
施主のSさんご家族にとっても、長い半月だったと思います。
とりあえず、ここまでこぎつけられて一安心。
ご尽力くださった工務店さんに感謝です。
久しぶりに、しっかりと軒の出のある家になります。
軒ゼロの箱のような家も好きなんだけど、やっぱり深い軒下のある家に憧れます。
極限まで軒高を抑えて、周辺より少し背の低い家になるように設計しました。
まだ骨組みだけだけど、正面から見た佇まいがとてもきれい。うれしいぞ。
先日竣工したSg邸と全くタイプの違う家なのですが、思いがけず、
Sさんが同じ色の外壁を選ばれたので、「色と形と素材の妙」を再び楽しめそうです。
竣工は9月末予定。
流通の情勢的に、まだまだ油断はできませんが、
このまま無事に進んでくれることを祈りながら、祝上棟。
2021.5.29
今日5月29日は、相方さんの祥月命日。4年が経ちました。
まさか今年も緊急事態宣言下にこの日を迎えることになるとは思ってなくて、
予定していた神戸へのお墓参りも断念。
なんとなく、仕事の予定も人と会う予定も入れられず、
空けておいてはみたものの、この日をどう過ごしたらいいのか分からず、
なんだかいつも以上にダラダラ過ごしてしまった。
まぁいいか。
普段はもう大丈夫なんだけど、命日はやっぱりダメですね。
生前の彼を思い出して寂しくなるのではなく、あの日のこと、
突然おとずれた別れを理解できず、何が何だか分からないまま過ごした
あの怒涛の1日のことを思い出してしまうので、
どうしてもキューっと胸が痛くなります。
こういう思い出し方をしないで済むようになるまで、
あと何年くらいかかるのかな。
来年には、ちょっと記憶が薄れていたらいいな。
いつか、うっかり命日を忘れてた!くらいになれたらいいな。笑
2021.5.19
国立のSg邸が完成しました。
設計が始まる時に、デザイナーのご主人から出された家づくりのテーマは『原宿』でした。
「抽象的なのでイメージが伝わるか分からないのですが、原宿をテーマにしたいんです。
青山とも違う、渋谷とも違う、あの『原宿』という街をイメージして家づくりをしたいです」と。
確かに抽象的なのですが、言わんとしていることが不思議とストレートに伝わってきたのです。
そして、最初に記入していただいたインタビューシートには、ご夫婦それぞれが、
『ライフスタイルの表現の場であるということを大切にしたい』
『子供たちが自分の『好き』を大切に過ごせる家にしたい』と書いてくれていて、
読んでいるだけで、この家族のために提案すべき家の形が最初からくっきりと輪郭をもち、
なんの迷いもなくファーストプランを提出できたんですよね。
湧き出る感じでした。
このお施主様の要望をどう解釈したのかを、私自身もうまく言語化は出来ないのですが、
完成したこの家に、施主のSさんが本当に満足してくださっているので、
言葉にならない共通言語を持ってこの家づくりに臨めたのかなと思います。
抽象を具体に翻訳する。
おそらく、設計という仕事の根幹はこの作業に尽きるのだと思うのですが、
その醍醐味を存分に味わえたプロジェクトだった気がします。
今は、家づくりのヒントとなる情報があちこちに散りばめられていて、
ちょっと検索すれば、すてきな施工例の写真もいくらでも拾えてしまいますが、
知らない人のためにつくられた家の写真をスクラップするよりも、
もっと、ふわ~っとしたままの自分のイメージをそのまま言葉で伝えてしまった方が、
より自分が求めている家に近づけるのかもしれませんよ、と、
これから家を建てる人には声を大にして伝えたいです。
多少の微調整はあったものの、ほぼファーストプランのままこの家は完成を迎えました。
敷地面積が15坪、第二種高度地区の北側斜線も掛かってくる限られたスペースの中に
ご要望の間取りを入れるため、かなりシビアな断面計画での提案でしたが、
家の中の移動がいちいち楽しい、本当にSさんご家族にお似合いの家になりました。
まさしく、自分たちの『好き』を大切にしたライフデザインの表現の場になったのではないかと思います。
Sさんの引越しが終わり、生活が落ち着いたころに、
あらためて竣工写真を撮らせていただく予定ですので、
その頃には整っているであろう(笑)Worksのページで改めてご紹介できればと思います。
明日、お引渡し。
娘の嫁入り前夜の気分です。
2021.5.6
『コロナ禍』と呼ばれる世情となって一年余り経ち、学校の授業やら会議やらがオンラインで行われることも当たり前になっているのでしょうが、私は今だ未経験。
PCにカメラが付いていないことを言い訳に、zoomのお誘いもことごとくお断りしております。
今日、銀行で『TV窓口』なるものに案内され、画面越しの対応を初めて経験したのですが、なんだろう…、もう怖くて怖くて逃げだしたくなりました。笑
いかんとも説明しがたい心情なのですが、顔が見えるのに体温を感じられないシチュエーションというのが本当に苦手なのだと思います。
もうずいぶん前から、誰にも同意を得られないまま私の中でだけ確信となっているのですが、人との関係性がなんとなくカサカサしてきたり、おかしな詐欺行為が次々誕生するような物騒でゆがんだ世の中になった諸悪の根源は『インターフォンの登場』だと思っているのです。
玄関先にいる人を顔も見ずに追い返すことができる、画面に映る顔を見て居留守を使うことができるって、本当は相当に異常な行為だと思うんですよね。
もちろん私もやりますよ。
その恩恵には十分あずかっていながらこんなことを思うのもおかしな話なのですが、これが当たり前であることが本当に恐ろしいといつも思ってしまうのです。
今日、銀行で感じた恐怖心はおそらくこの事と繋がっていて、多分そう感じる私の方が少しおかしいのだろうな自覚はしつつも、私にとって、体温を感じられないコミュニケーションが一番苦手で怖いものなのだと痛感したのであります。
コロナが収束した後の世の中がどんな風に変わっているのか、今は想像できませんが、これを受け入れられないと、これからの時代は生きづらくなるのだろうという事は薄々分かっています。
それでも、この感覚は大事にしておいた方が良いとも感じているのです。
気兼ねなく人と会える日々が戻るようにと、今はとにかく、それを切に望みます。